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神戸地方裁判所 昭和53年(ワ)681号 判決 1980年8月22日

原告

中尾鋼材商会こと 中尾永幸

右訴訟代理人

堅正憲一郎

外一名

被告

株式会社太陽神戸銀行

右代表者

石野信一

右訴訟代理人

北山六郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、三五万円及びこれに対する昭和五三年七月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  右1項についての仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和三五年ころから、被告(板宿支店扱)との間で、当座勘定取引契約(以下「本件当座勘定取引契約」という。)を締結し、同支店に当座預金口座を開設していた。

2  原告は、かねて、金額六〇万〇一一八円、満期昭和五二年八月三一日、支払場所被告銀行板宿支店とする約束手形一通(以下「本件手形」という。)を振り出した。ところで、本件手形は、満期の日である昭和五二年八月三一日に被告銀行板宿支店に支払のため呈示されたが、両支店は、「取引なし」との理由で支払を拒絶し、同手形を持出銀行に返還したうえ、訴外神戸手形交換所に対し、同手形の不渡届を提出したので、訴外神戸銀行協会は、同年九月八日、原告に対し、取引停止処分(以下「本件取引停止処分」という。)をした。<以下、事実省略>

理由

一請求の原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない。

二原告は、被告が原告との間の本件当座勘定取引契約を解除し、本件手形について「取引なし」との理由で不渡返還をして不渡届を提出したのは、被告の債務不履行である旨主張するので、検討する。

1  <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、各種鋼材の販売業を営む者であるが、昭和五二年八月当時、経営が不振となり、神戸地方裁判所に対し、和議開始の申立(同裁判所昭和五二年(コ)第一一号)をするとともに、和議開始前の保全処分の申立(同裁判所昭和五二年(モ)第一二七一号)をした。これに対し、同裁判所は、昭和五二年八月二〇日、原告に対し、本件保全処分決定をした。

(二)  そこで、原告は、昭和五二年八月二三日、その従業員である訴外福本守久をして、被告銀行板宿支店に本件保全処分決定の写を届けさせたが、同人は、同支店の係員が知らない間に、同支店貸付係の机の上に右写を置いて立ち去つた。

(三)  被告銀行板宿支店の係員は、昭和五二年八月二三日、本件保全処分決定の写が右のように置かれてあるのを発見し、原告から事情を聞いて原告との銀行取引に関する今後の方針等を検討しようとして、原告の事務所や居宅のほか、保証人である原告の父の居宅等に赴いたが、原告及び右保証人らが債権者の追及を避けるため、その行方をくらましていたので、その行方は不明であつた。その際、右係員は、近隣の者にも原告の消息を尋ねる等して調査したが、遂に、その行方を知ることができなかつた。

(四)  そこで、被告は、原告の信用状態には不安があり、かつ、原告に対する債権を保全する必要があると考え、本件当座勘定取引契約に関する約定第二二条第一項本文の「この約定は、当事者の一方の都合でいつでも解約することができます。」との規定に基づき、同契約を解除することとし、昭和五二年八月二四日、原告に対し、書面をもつて同契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は、同年八月二六日原告に到達した(被告が昭和五二年八月二四日、原告に対し、同契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。)。

右のような事実が認められ、原告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は、前提各証拠に対比して、たやすく信用できず、他に右認定をつくがえすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告銀行板宿支店の係員としては、本件保全処分決定後、原告との間の銀行取引に関する今後の方針等について検討するため、原告と協議しようとして相当の努力をしたが、これを果たすことができず、原告の信用状態に不安があつたため、本件当座勘定取引契約を解除するに至つたものと認めるのが相当である。

2  他方、<証拠>を総合すれば、神戸手形交換所規則施行細則第五〇条によれば、和議法による保全処分を受けた者が振出人又は引受人となつている手形等については、「和議法による保全処分中」との付せんを付して手形等を返還する旨が規定され、また、同交換所規則第五二条第一項但書によれば、右手形等については、不渡届を提出しない旨が規定されていることが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

3  以上述べたところによれば、被告は、原告との間の本件当座勘定取引契約上の約旨に基づき、同契約を適法に解除したものであり、なんら債務不履行の責任を負うべきものではないというべきである。そして、同契約が右のように解除された以上、被告銀行板宿支店において、右解除後に、支払のために呈示された本件手形について右2に認定したような取扱をすることなく、「取引なし」との理由で支払を拒絶して同手形を不渡返還し、その不渡届を提出したことをもつて、被告に債務不履行の責任があるとはいえないというべきである。

4  したがつて、原告の前記主張は採用することができない。

三次に、原告は、被告がした本件当座勘定取引契約の解除が民法第六五一条第一項に基づくものであつて、同条第二項所定の不利な時期に委任を解除したときに該当する旨主張するが、被告の同契約の解除が同契約上の約旨に基づくものであつて、同法第六五一条第一項に基づくものではないことは、前述したところから明らかである。

したがつて、右解除が同法第六五一条第一項に基づくものであることを前提とする原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、採用することができない。

四次に、原告は、被告がした本件当座勘定取引契約の解除が権利の濫用にあたる旨主張するので、検討するのに、前述したところからすれば、原告が同契約の解除によつて多大の損害を受けるに至ることは明らかであるが、他方、原告が本件保全処分決定を受けたうえ、その行方をくらますことは、被告に重大な利害関係を及ぼすことも明らかである。しかも、原告が同契約を解除されるに至つたのは、原告が債権者の追及を避けるために行方をくらますという不信行為をあえてしたためにほかならないのであり、被告がした右解除は正当な権利の行使というべきである。

したがつて、右のような原告の不信行為の存在することを不問に付して解除の結果の重大性のみを強調し、右解除を目して権利の濫用であるとはいえないというべきであるから、原告の右主張もまた採用することができない。

五以上の次第であつて、原告の本訴請求は、失当として、棄却すべきであるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(佐藤栄一)

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